マインドフルネスと瞑想・禅・ヨガの違いや共通点

本・オーディオブック
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近年、「マインドフルネス」という言葉を見聞きする機会が増えましたね。

 

「マインドフルネス」という横文字が表すとおり、欧米で生まれたものですが、その根底には、「禅」や「瞑想」などがあります。

 

分からない人も多いと思いますが、「コンブチャ」と「紅茶キノコ」の関係に似ています。

 

どちらも、いちど欧米に渡り、その良さが認識され、日本に戻ってきました。

 

横文字になったことで、あたかも欧米の最新の流行のように、日本に逆輸入されることはよくあることです。

 

きっと、「良いもの」は、いちど手放さないと、良さが認識できないのでしょう。

 

この記事では、「マインドフルネス」と「ZEN(坐禅)」や「瞑想(メディテーション)」、「ヨガ(ヨーガ)」などの関係についてまとめています。

   

マインドフルネス

広がるマインドフルネス

「マインドフルネス(mindfulness)」は、最近では、「グーグル」、「インテル」、「IBM」、「フェイスブック」など、欧米の有名企業が、能力向上のトレーニングとして取り入れられています。

 

その流れは、企業を超えて、米国の国防総省や農務省などにも及んでいます。

 

グーグルのマインドフルネス革命―グーグル社員5万人の「10人に1人」が実践する最先端のプラクティス』という本では、グーグルにおけるマインドフルネスプロジェクトの中心人物、ビル・ドウェイン氏へのインタビューとともに、「マインドフルネス」の魅力と、その実践方法が紹介されています。

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マインドフルネスとは?

「マインドフルネス」と聞くと、なんとなく「瞑想」のようなものだと思っている人も多いと思います。

では、目を閉じて、心安やかに坐っていることが、「マインドフルネス」なのでしょうか?

 

「マインドフルネス」とは、スリランカやミャンマーで仏典に用いた、パーリ語の「サティ」の英語訳です。

 

「サティ」とは「いま、ここ」への気付き

のことです。

 

過去にも行かず、未来にも行かず、今、自分がしていることに本当に気付いていることを意味します。

 

仏教的瞑想、あるいは上座部仏教(テーラワーダ)の瞑想から宗教色を排したものといってもいいかもしれません。

 

宗教の衣をまとわないことから、企業研修にも無理なく取り入れられ、うつ病などの心の病の治療法として、病院でも導入されています。

マインドフルネスの目的

「マインドフルネス」の目的は、

「瞑想」による効果を、社会の諸分野に応用させること

です。

 

具体的には、

ストレスの緩和や、集中力の増大によって、医療・心理・ビジネス・スポーツ・教育・福祉などの、さまざまな分野で、「瞑想」の効果を有益に応用しようとする試み

のことです。

 

「マインドフルネス」は、「坐禅」や「ヨガ」のように、掴み所のないものを目指しているのではありません。

 

「マインドフルネス」には、「瞑想」による効果を、社会の諸分野に応用させる、という明確な目的があります。

 

その点が、日本の「ZEN(禅)」とは異なります。

 

目的がはっきりとしていて、わかりやすいところが、欧米の人にとっても受け入れやすかったのかもしれません。

   

瞑想とは

つきつめて考えると、「ヨガ」や「坐禅」、「マインドフルネス」は、すべて「瞑想」のための技法であると言うことができます。

 

瞑想とは、

外へ向かう意識を内側へと向け、精神的な静寂を得ようとする営み

 

もしくは、

心が「いま、ここ」にある状態

です。

 

「瞑想」とは

「行動」であり、「状態」でもある

と言えます。

 

「ヨガ」をしたり、「坐禅」を組んだりという「行動」そのものが「瞑想」であるとも言えるし、

「ヨガ」をしたり、「坐禅」を組んだりという「行動」の先に「瞑想」という「状態」があるとも言えます。

 

本質的には、後者(状態)なのだと思います。

とはいえ、多くの人は、いきなりそこには辿り着けません。

 

そのため、「ヨガ(アーサナ = ポーズ)」や「坐禅を組む」という「行動」を、「瞑想」のためのツールとして使います。(実際には、「坐禅」の姿も、はるか昔から存在していたヨガのアーサナのなかの一つだと言われています。)

 

その結果、それらの「行動」が「瞑想」だという認識が生まれたのでしょう。

 

実際には、「瞑想(状態)」に至る過程は、なんでもいいのです。

・絵を書くことでも
・楽器を演奏することでも
・走ることでも
・歌うことでも
・書くことでも

とにかく、その「状態」になることができさえすればいいのです。

 

どちらかというと、「坐禅」のような「動かない瞑想」よりも、「ヨガ」のような「動く瞑想」のほうが、普通の人には、行いやすいのだと思います。

 

「坐禅」のような「動かない瞑想」は、「行動」と「状態」を同時に体験する必要がありますが、「ヨガ」のような「動く瞑想」は、行動に没頭しているうちに、知らぬ間に、その「状態」になることが出来るからです。

 

マインドフルネスと瞑想

「マインドフルネス」で行う瞑想は、「坐禅」や「ヨガ」のような忘我状態に至る、深い瞑想を目指しているわけではありません。

もちろん、「意識の目覚め」や「悟り」を目指しているわけでもありません。

 

「マインドフルネス」では、「瞑想」というよりも、「集中」といったほうが近い感じです。

 

「ヨガ」や「坐禅」は、「瞑想」によって何かを得ようとは考えていません。

とにかく、その「状態」にあることを目指します。

 

一方の「マインドフルネス」では、そこから何かを得るために「瞑想」を行います。

その点が、欧米の有名企業やビジネスなどに、取り入れられている理由だと考えられます。

 

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おわりに

ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズと「ZEN」

ビル・ゲイツは、夕食後に家族が使った食器を洗うのが日課なのだそうです。

ビル・ゲイツにとっては、食器を洗っている時間は、頭を空っぽにして、新しいビジネスのアイデアが降りてくるクリエイティブな時間なのだそうです。

 

まさに、「ZEN(禅)」の実践です。

わざわざ、山奥の禅寺に出向いて「坐禅」を組まなくても、「禅」の教えは、日常の生活の中で実践することができるのです。

 

 

また、アップルの創業者、スティーブ・ジョブズが「」に傾倒していたことも、有名な話です。

スティーブ・ジョブズに「禅」を指南したのは、新潟県出身の曹洞宗僧侶・乙川弘文という僧侶でした。

 

きっと、スティーブ・ジョブズにとって、「ジーンズ」に「黒のタートルネック」という、おなじみの出で立ちは、シンプルさと機能性を備えた「作務衣(さむえ)」だったのでしょう。

 

あらゆる意味で影響力の大きかった、スティーブ・ジョブズによって、スタイリッシュなイメージをまとった新たな「禅」は、「修行」というイメージや、宗教的な要素を排した「マインドフルネス」という横文字となって、欧米に拡散していくこととなりました。

 

そして、多くのIT企業は、ジョブズの「禅」に触発され、こぞって「マインドフルネス」を、社内のプログラムに取り入れ、実際に効果も発揮しています。

 

膨大な情報の海に溺れかかっていた、知的エリートたちは、情報と自分を統御する術を「禅」や「瞑想」「マインドフルネス」に見いだしたのかもしれません。

 

 

死は生命にとって最高の発明

これは、スティーブ・ジョブズが残した名言です。

 

雑念を排除して、ただひたすら生きることに専念する

というのが、「禅」の精神です。

 

そして、その「禅」の精神は、「マインドフルネス」として、引き継がれています。

 

スティーブ・ジョブズが残したものは、iphone や ipad、macbookなどの、アップル製品だけではなかったのですね。

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